ナメクジドリア

みみずく通信

私の人生は常に辛かった。

小学校のときも、中学校のときもずっと辛くて、高校の時は、文字通り毎日辛かった。大人から、楽しいと感じているときは往々にして勉強ができていないときだ、と教えられ、常に辛くなければならなかった。常に勉強をしなければならなかった。そんな高校生活を送り、その間に親との関係が悪くなり、私はおそらくうつ状態になっていながら受験をし、落ちたのだった。親は私が浪人することを反対していたが、頼み込み、浪人をさせてもらった。浪人のときも毎日辛くて、しかし、常に辛くなければならなかった。大学に落ちたのは他でもなくわたしが悪かったから。1年の浪人生活ののち、大学に受かった。

大学で彼氏ができた。彼氏と付き合っているときも辛いことが多々あったけど、彼氏と会っている間はとても幸せな時間だった。彼氏と会っている時間以外は何も楽しくなかった。

しかし、そんな時間も長くは続かず、関係は終わりになった。彼氏に出会う前の日々に戻った。眠って夢を見ることしか楽しみのない日々だった。(私は中学の頃からうつ状態のようなものが度々起こっていた。)彼氏と別れた私には、何も残っていなかった。ずっとやってきていたピアノも触らなくなったし、勉強にも手がつかず、料理もできなくなった。新しく仲間になったのは精神薬とその副作用だった。薬のおかげで私は半狂乱になり、様々な方に迷惑をかけた。めちゃくちゃになりたかったけれど、他人の真似しかできなかった。

ある日、若い女性が川で亡くなったというニュースが耳に入ってきた。川で死ぬとは!その手があったか、と思った。川で死ぬ私のイメージが強烈に脳にこびりついた。

私は何もかもがどうでもよくなったとき、目を閉じて空想する。…寝静まった家を、いつも外出するときのように、靴を履いて出る。駅まで行くときにいつも通る川沿いの道を選んで歩く。川の上にかかっている橋に人は1人もいない。橋の手すりから川をのぞき、しばらくした後、橋の手すりをまたぐ。そして、一歩を踏み出し、バチャリと音がする。…

しかし、私が死んだ後、祖父母が悲しむ顔がありありと想像させられ、私は胸が潰れるような気持ちになった。祖父母のつつましい生活を壊してしまうのでは、と思った。

私の近頃の感情は、何もかもどうでもよくて楽しかった日々が戻ってこないなら自殺したい、いやいや自分は悪くない、他人が悪い、自分は死ぬ必要はない、のどちらかであり、とてもしんどくてやってられない。人を傷つけるときの感情は後者で、人を傷つける自分に落胆して前者の気持ちになる。人を傷つけない分前者の方がまだましだが、辛い気持ちの限界がいつ来るか分からない。相談できる人がいない。父は帰宅が遅いため、なかなか話す時間を作れない。早く死なせてほしい。